唐突に更新してみる。
暇で事務所でぼーっとしててふと思った。だいたいそういうときは携帯でtwitterの方にボソッとつぶやくのだけど、あまりに暇なのでエントリーしてみる。
労働人口の減少をなんとかする為には女性の、とりわけ専業主婦のそれがあるという事は、もはや共通認識だろうと思います。だとしても、すぐさまそのような社会に移行できる訳はないでしょう。どんな事でもこの「移行」が一番難しい。断絶を生まずに、ジリジリと、しかし確実に進めていくというのはホントの意味で大人の仕事なんだろう。ついつい刹那的に大改革とかやっちゃいそうだもん。
ま、それはいいとして(いいのか)、いわゆる専業主婦つか家父長制みたいなものを前提として僕らは生きてます。わたしも割と家事を手伝ったりしますが、「手伝ってやってる」感とまではいかないまでも、あくまでもお手伝いであり、本来はかみさんがやるべき事という認識を脱せません。すみません。
何が言いたいかというと、じゃ、女性の、いや、ありとあらゆる人々が働きやすい理想的な社会環境が整ったとしたら、「家庭」はどうなってしまうのだろう、という事です。みんなが働きに出てしまったら、家にいるのは子供とリタイアした人だけ、あるいは妊娠出産や乳幼児の子育てをする期間だけという事になります。ま、現状でもそんなもんか。つか、もしかしたら僕らが持つ家庭という概念も家父長制に付随するものなのかもしれませんが。。。
すみません。結局何が言いたいかというと、もっと物理的というか即物的な事でして、専業主婦が家事としてこなしてきた労働はどこで消化すれば良いのかという事です。家事を全然やらない人もいますし一概には言えませんが、逆にやろうと思えばきりがないのが家事です。これをどうするのか。みんなが働いて現金収入が増えても家の中が雑然としていてくつろげないのでは労働力の再生産もままなりません。
そもそもくつろぐ場所なのか。つまり「家」の意味も変わってくるだろうと言う事です。当面は手の掛からないメンテナンス性のよい部屋とか家具とか家電が重宝がられるかもしれません。
部屋の中のあらゆる物はホコリが積もらない表面処理がなされてて、床に落ちたホコリは微妙な気流により一カ所に集まり、そして排出される、とか。
くつろげるというのはくつろぐという行為以上にステータスでもあり見栄なんですね。友達呼んだりしたいし。でも「高級」というものの起源は貴族趣味であり、コンプレックスの裏返しでもあります。そんな事よりも、帰って飯食って風呂入って寝るだけという機能重視の家がもてはやされるようになるかもしれません。
そんな家は嫌だ(鉄拳)。ヨーロッパはそうなってないじゃないですか。そうですね。
まあ、回りくどい言い方ですが、私はホコリが大嫌いだという事ですよ。奴らが油と結託したキッチンのあれとか。ああ、大掃除。
まとまりませんが、みなさま良いお年を。