民主主義という錯覚

2008年 6月 4日

民主主義という錯覚

  

帯にある問題

問題 モンテスキューやルソーは、議員や統治者を( )によって選ぶことが民主政治の本質にかなうものだと論じた。1選挙 2世襲 3魚屋の意見 4くじ引き 5決闘 6占い

これが、非常にキャッチーでした。私は 4 だと思いました。なぜなら、かつて柄谷行人が創設した組織「NAM」においては、代表者を選出する方法として、選挙にて3人にしぼった上で最終的には、その3人のなかからくじ引きで決定する、というものがあったからです。これは最終段階において偶然性を織り込むことで、多数派工作や贈収賄、しがらみやそれに伴う憎悪などを無効化する為でした。

帯の問題の正解も 4 なのですが、理由は私が思っていたものとは違っていました。

そもそも、私はこの「民主主義」という言葉にかねてより深い疑念を持っておりました。実際の政治体制に対してではありません。あくまでも言葉そのものにです。というのもこの「民主主義」という言葉はどうにもかくにも名が体を表していないではないかと常々思っておりましたです。義務教育では「普通選挙の実施」、「基本的人権の尊重」、「三権分立」とかを以てして「民主主義」であ〜る。とか教えられるのですが、それって、なんか非常にどうでも良いというと語弊がありますが、全ていきあたりばったりな方法論の寄せ集めではないですか。全然、「民主」という言葉の意味が向かうところではないよなと思っていました。本来の意味はどこか歴史の途中で隠蔽されてしまっている。たぶん。

それが、本書を読んで氷塊しました。あ〜、すっきりした。

アテネなどで行われていた「直接民主主義」では共同体の構成員全員参加で共同体の意思決定を行います。まあしかしながら組織が大きくなると、現実的には無理な話です。そこで、代表を選んで議会を開いて、となる訳ですが、民主的選任の基本は全体の縮図でなければなりません。すなわちランダムサンプリングつまり無作為抽出、要はくじ引きこそが民主主義の原理にかなったやり方なのです。

当然、愚衆政治に陥る可能性も高くなりますが、そもそもルソーにしてもこれを理想的な政治体制としては見ていませんでした。

んまあ、このことだけなら、本書の冒頭部分だけで説明されていますので、立ち読みでもとりあえずは良いかもしれません。しかし、そのあと「共和制」の説明(これも学校ではおせえてくれませんね)とか、「民主主義」の意味がどのようにして変容して、起源が隠蔽されていったのか、などなど、興味深いです。

内容的にも全然難しくないので、もうこれは中学生あたりには全員読ませた方がいいです。

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