無題 2
2011年 2月 14日 コメントする
我が子の性格の破綻ぶりをみるにつけ、というか「性格の破綻」といってしまうのはいささか酷か。なにせ彼女は現在5歳であり、いまだ発達過程なのだから。ま、いずれにせよそんな状況をみるにつけ、彼女の性格は今後、社会化されていくのだろうかと、ふと思ったのだ。
単純な反抗期なのだろうか。であれば社会化の過程での反社会的な反動であり、ある意味それも社会化の範疇にある。彼女の行動や趣向は意外にステロタイプである事からも、そうなのかなと思う。
プロファイリングという犯罪捜査手法は、猟奇犯という特異な対象に対して有効だが、彼らは過去の同様の犯罪を模倣しており、だからこそ類型化が可能であり、一見して特異に見える彼らは実はかなりステロタイプなのである。
そういう意味では、一種の社会病理であり、社会の病瘡ともいえる。ひどい言い方だけど。しかし、という事は、いわゆる一般的と思われている人々の行動も同様の構造を呈しているのではなかろうか。なんつって。
まあ、我が子の性格を犯罪者とアナロジーしてみても仕方ないのだけど。
さて、反社会がある種の社会化のプロセスだとしたら、反社会以外のやり方で社会を乗越える方法はないのだろうか。いや、まあ、別に乗越えなくてもいいんですけど。
あるね。
いや、革命だとか、社会の仕組みを作り替えるとかそうゆうんじゃなくてね。まあ、もちろん出来る方はやっちゃってもらってかまいませんけど。われわれ小市民も、日々の生活のなかでのちょっとした気付きとか工夫とかね。そうゆうんでいいんじゃないかな。
話を我が子に戻すと、彼女はこのまま反社会→社会性の獲得、と進むのか。与えられたあるいは押し付けられた枠組みを受け入れるにせよ、拒否するにせよ、どこかの時点その型枠を解体→再構成していく事を望みますが。
ま、かってにやっちゃってください。