「日本語が亡びるとき」読んじゃいました。
2008年 11月 13日 コメントする
本そのものもさることながら、いろんな意味で話題になっている「日本語が亡びるとき」ですが、読了しちゃいました。
結論から言うと読まなくても良かった。いや読むんじゃなかった。金返せ。
かのブログ炎上をわき目に、あたしが読んでみようかと思った動機は、ウィキペディアかなんかに、著者が柄谷行人から「あなたは頭の良い人ですね」と言われたとか言われなかったとかのエピソードがあったからで、彼にそう言わせる人ってどんなんだろと興味がわいちゃったからなんです。当初、タイトルが悪いよな、と思いながら読んでました。これじゃ憂国の書じゃん。
日本語とか近代文学とかの認識については、まあその通りだとは思うんですが、それって正に柄谷行人の「日本近代文学の起源」を読んじゃってる人には、おさらいに過ぎない。まあ、普遍語という概念を持ち出してきたあたりは、切り口としては新しいなあ、と思いながらも、それを理論としてどう帰結させるんだろうと、わくわくしながら半分ぐらいまで読み進めた人は多いんじゃないでしょうか。
でもこれって、そういう結論をだす本じゃなかったんですね。全部読んでみるとやっぱり憂国の書でした。
分類「イタ書」
追記
まあ、金返せってのは言い過ぎです。4分の3くらいまでを費やした現状確認みたいな部分については、体験談としても読む価値はあると思います。ただ、その後の、だからこうするべきという部分は、どうもその前からのつながりにかけるというか、何でそうなるのか、全然腑に落ちないんですよね。いや解らなくはない。解らなくはないんだけど、そこまで俯瞰できるんなら、いっそ成り行きにまかせる。っちゅうか日本語亡んでみさせても面白いかも。

