昭和&近未来不老不死伝説 バンパイア

またしてもちょいふる漫画をブックオフにて読破してしまった。

バンパイア―昭和不老不死伝説 (1)
近未来不老不死伝説バンパイア 1

作者の徳弘正也さんというと、私の中では「シェイプアップ乱」とか「ジャングルの王者ターちゃん」とかの記憶しかなくて、当時は「絵が汚いしギャグが下品だし・・・」という記憶しかなくて、以降ノータッチでしたが、すみません、みくびっていました。傑作です。そして、その画風とかギャグとかがむしろ心地いいというか、、、なんなんでしょうね。(でもやっぱり青年誌むけだよね)

しかし、いつから漫画ってストーリーテリングな感じになったんだっけ。これに限らず、私が子供の頃って、こんな込み入った話の漫画って無かった様に思うんですが。もちろん細かいことを言ったらキリがないですが、SFですので、設定そのものにイチャモンつけてもしょうがありませんので、むしろその設定の妙にのっかって下さい。

昔、かみさんに「人間はなんで二千年前と同じ過ちを繰り返すの?なんで進歩しないの?」と聞かれたことがあって、つか俺に聞くなよ。「60歳位で死んじゃって、その叡智が引き継がれないからじゃない」と答えたことがあるんですが、このマンガのバンパイアは引き継ぐんだよね。政治家は自分の任期程度のタイムスパンでしか物事を考えないし、天皇さんならもっと永いスケールで考えるかもしれんが、その場合、皇国史観とか絡んでくるしなあ(あ、それは担ぎ上げようとした人たちの理屈か)。バンパイア史観とかあってもいいかも。

でも、人間の先には行かないんだよ。だって平時は人間として生きるわけだし、原始時代には原始人と同じ程度の叡智しか無かったはずだよね。というか、どっかで人間と枝分かれしたのか。その場合、巨乳ってどうなのよ。って、そこいらへんはツッコまない約束だったよね。

BECK ハロルド作石

BECK volume34

何を今更とお思いの方も多いでしょう。確かに連載が終わって多分1年以上経っているのかな。たまたまブックオフで立ち読みして、そのまま一気に全34巻読破しました。立ち読みは腰がいた~い。やっぱ連載漫画は展開が遅いと毎週イライラするので、連載が終わってから単行本で一気読みがいい。

んで、感想はズバリ「由緒正しいロックマンガ」ということになるのかな。読後に余韻を楽しむ事が出来たという事は、私的には青天の霹靂というか、立ち読みで申し訳ないけど、ブックオフでこんな感動に出会えるとは思わなかった。

何が由緒正しいかというと、ロックというのは、その印象に反して既にずいぶん前から伝統芸能な訳で、偉大なる先人に敬意をはらいつつ、何かを受け継いでゆく様が、非常に正統な感じがしたのです。
全34巻という長い話をドライブする構成力とかはまぎれもなく大人の力だし、「インスピレーションに従って生きる」とか、全員が同じ夢を見るくだりとか、選ばれし者が何かを伝承しちゃったりとか、そういうのが何かむやみにロック史的(?)というか、物語を作る際のあざとさがふんだんに盛り込まれていて、それが嫌かというと、いや、逆に「ふ〜ん、いいんじゃない」とか思っちゃったりして。いいんだよね。なんか。そういう訳でおじさんに受けそうな話である様な気もするんだけど、主人公達と同世代の読者はどう感じるのかな。
何か、色々ともっともらしい事書こうかとも思ったけど、おいら、ロックについての引き出し無さ過ぎ。

何が由緒正しいかというと、ロックというのは、その印象に反して既にずいぶん前から伝統芸能な訳で、偉大なる先人に敬意をはらいつつ、何かを受け継いでゆく様が、非常に正統な感じがしたのです。

全34巻という長い話をドライブする構成力とかはまぎれもなく大人の力だし、「インスピレーションに従って生きる」とか、全員が同じ夢を見るくだりとか、選ばれし者が何かを伝承しちゃったりとか、そういうのが何かむやみにロック史的(?)というか、物語を作る際のあざとさがふんだんに盛り込まれていて、でもそれが嫌かというと、いや、逆に「ふ〜ん、いいんじゃない」とか思っちゃったりして。いいんだよね。なんか。

そういう訳でおじさんに受けそうな話である様な気もするんだけど、主人公達と同世代の読者はどう感じるのかな。

何か、色々ともっともらしい事書こうかとも思ったけど、おいら、ロックについての引き出し無さ過ぎ。

「日本語が亡びるとき」読んじゃいました。

本そのものもさることながら、いろんな意味で話題になっている「日本語が亡びるとき」ですが、読了しちゃいました。

結論から言うと読まなくても良かった。いや読むんじゃなかった。金返せ。

かのブログ炎上をわき目に、あたしが読んでみようかと思った動機は、ウィキペディアかなんかに、著者が柄谷行人から「あなたは頭の良い人ですね」と言われたとか言われなかったとかのエピソードがあったからで、彼にそう言わせる人ってどんなんだろと興味がわいちゃったからなんです。当初、タイトルが悪いよな、と思いながら読んでました。これじゃ憂国の書じゃん。

日本語とか近代文学とかの認識については、まあその通りだとは思うんですが、それって正に柄谷行人の「日本近代文学の起源」を読んじゃってる人には、おさらいに過ぎない。まあ、普遍語という概念を持ち出してきたあたりは、切り口としては新しいなあ、と思いながらも、それを理論としてどう帰結させるんだろうと、わくわくしながら半分ぐらいまで読み進めた人は多いんじゃないでしょうか。

でもこれって、そういう結論をだす本じゃなかったんですね。全部読んでみるとやっぱり憂国の書でした。

分類「イタ書」

追記
まあ、金返せってのは言い過ぎです。4分の3くらいまでを費やした現状確認みたいな部分については、体験談としても読む価値はあると思います。ただ、その後の、だからこうするべきという部分は、どうもその前からのつながりにかけるというか、何でそうなるのか、全然腑に落ちないんですよね。いや解らなくはない。解らなくはないんだけど、そこまで俯瞰できるんなら、いっそ成り行きにまかせる。っちゅうか日本語亡んでみさせても面白いかも。

白い巨塔にて

白い巨塔。そこには様々な欲望が渦巻いている。うらみ、つらみ、ねたみ、そねみ、はらみ。手術そのものは上手くいっちゃったらしくて、その後特にやる事もなく、かといって経過を確認するまでは退院できる訳でもなく、そんななか、朝は大名行列のような医院長の一斉検診。そして、あの先生とこの先生はいがみ合っていて、この看護婦とねんごろなんだけど、かといって医局長のポストも捨てがたく、訴訟沙汰になれば、薬剤メーカーとの癒着も明るみに出てしまうだろう。なんのきなしに入院してしまった僕は、たまたま立ち聞きしまった事実から、病院不動産の証券化とリーマンショック、更なる金融疑獄へと巻き込まれていくのであった。そして背徳のナースコール・・・。

いや、それはないな。

あまりに暇なのでテレビ室にあったガルシア・マルケスの「『迷宮の将軍』」を読んでみた。なんせ週刊現代とそれしか置いてなかったもんだから。

シモン・ボリバル – Wikipediaの最期を書いた作品。

僕はいま41歳。人生の折り返し地点はすでに過ぎたと、自分では思っている。普通の人生だってそうだが、波瀾万丈の人生をきれいに終わらせるのはなかなか難しいもんだね。

さてさて、モバイルデータ通信カード・イーモバイルレンタルから届いた D12LC だが、快適に動いている。RBB の スピードテストではいきなり、下り5Mbps を叩き出した。でもその後は何回かやってみたけど、2〜3Mbps しかでない。自宅の YahooBB が 1.7Mbps しか出ない事を考えると、Mac mini に繋いでルーター化する事もありだが、どうも接続が途切れる事があって、常時接続とはいかない場合もあるかもしれない。自宅での電波状況も不確定要素だし。

「次世代マーケティングプラットフォーム」

次世代マーケティングプラットフォーム 広告とマスメディアの地位を奪うもの

入院中である。手術後はおそらく暇であろうとリーチしておいたのがこの本。

はっきりと言ってしまえば本書の冒頭部分の「はじめに」を読んでしまえば、この本の趣旨は全て書いてあります。本文では取材をもとに、より詳細に個別事項について展開されている。忙しい方は「はじめに」だけ立ち読みして書店を出ても良いかもしれない。つか、「はじめに」の部分は Amazon でも読める。いや、読めないね。でもどっかオンラインで読んだ記憶があるんだけど。

日頃、インターネットで情報収集している人であれば、既知の事実かその延長線上にある出来事かと思う。ただし、取材にもとづく部分は本書でしか読めない内容であろう。

「〜(略)〜 今の日本で世界に貢献できているのは、工業時代の企業だけしかない。〜(略)〜  今のままの状態が続く限り、教育制度や社会の仕組みもまた、工業化社会のまま変化しないと思われるからだ。」

ま、確かにそれはそうなんだけど、日本は鈍臭いまんまでも良いんじゃないかしら、とか最近は思わなくもない。最近の金融危機とか見てると、先走っちゃった人が勝手にこけちゃってる状況だし、極度に情報化が進んだ社会においては、資本主義のうねりが、より早く、より振幅もでかくなっちゃうような気がする、以前、資本主義は収束システムなのか、発散システムなのか、みたいな事を書いた気がする。発振システムは広義には収束システムだろうけど、度が過ぎて帰って来なくなると発散だろうな。←今ここ。

マーケットインに対してプロダクトアウトという言葉もありますし、本書でも例として Apple を挙げています。ま、今の日本にはそれさえもないという事かしら。

広告というのは広告主がいて初めて成り立つものですので、この金融危機でスポンサー自体がいなくなってしまう訳であります。

はっきり言って、今世界は「もりあがってまいりました」(by 宴会部長) と言いたい状況になってきているのです。

んで、本書も半日で読み終えてしまったので、あとはイーモバイルのレンタルのやつが届くのを待つのみ。D420 で稼働中の Leopard ではたして認識するのか、はなはだ疑問ではありますが。

フォロー

Get every new post delivered to your Inbox.